卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第12回「ロンドンの音楽大学」

こんにちは! ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。もうすっかり夏がやってきて、ロンドンもさすがに暑い…と思いきや、長袖でないと思いがけず寒いような日が数日続いたりして、お彼岸の頃の三寒四温ではありませんが、30度を超える日と20度くらいの日を行ったり来たりしています。

そんなロンドンにはいくつか音楽大学があるのですが、しばしば聞かれるのが「ロンドンの音大ってよくわからない…」ということ。名前が似ている学校があったり、日本ではあまり知られていない学校があるため、こういった疑問が生まれてくるのは仕方がないと言いますか…わたしも自分がロンドンに意識を向けるまでは、混同していた部分があります。

そこで今回は、ここで僭越ながらロンドンの音楽大学を整理してみたいと思います。わたしはまだロンドンの音楽学校に精通しているわけではないので、概要のようにはなってしまいますが、みなさまの知識の泉のひとしずくになれば幸いです。

 

ロンドンにある音楽大学

音楽大学として設立されている学校は、現在ロンドンに4つあります。と言ってしまうと、実はイギリスという国の大学制度の都合上、少し曖昧な部分が出てきてしまうのですが…とりあえず、「ロンドン」で「音大」と聞いて多くの人は「4校」を挙げる、くらいに思っていただけると幸いです。

なお各校の通称は、ロンドンにいる音大生たちが使うものです。先に言ってしまうと、わたしが通う学校は「Royal Academy of Music」で普段はだいたい単に「Academy」と呼んでしまいますが、「Royal Academy」には「Arts」も「Dance」も「Engineering」もあります。つまりここで挙げる“通称”は音楽界隈の会話でのみ通用する、ということです。

実はどの大学も日本で入試(入学オーデション)を行っているので(年度によっては開催しない学校もあるかも…)、日本人でも受験しやすいというポイントがあります。わたしも東京でオーデションを受けたので、入学するまではまともに学校を訪れたことがありませんでした(前をさらっと通っただけ)。受験のための渡航費・滞在費などがかからないのはとてもありがたいです。ただし、科によっては現地オーディションのみで、たとえばアカデミーだと作曲専攻は現地でのみ受験可となっています。

 

Royal Academy of Music

日本語では“英国王立音楽院”となります。通称・アカデミー、RAM。創立は1822年、英国では最古の大学です。リージェンツ・パークという、東京で言えば代々木公園や上野公園規模の公園の目の前に建っていて、最寄駅のひとつは名探偵で有名なベーカーストリートと、ロケーションの良さでほかの大学のひとからすごく羨ましがられます。建物自体はとてもコンパクトな学校ですが、オーケストラが入るホールとオペラやミュージカルができるシアター(現在絶賛工事中)、そしてNHK『白熱教室』の会場となったリサイタル用のホールを有しています。

 

Royal Collage of Music

日本語では“英国王立音楽大学”、通称・カレッジ、RCM。日本語だと“音楽院”と“音楽大学”たったひと文字違いなので、おそらく“アカデミー”と“カレッジ”を混同されている方がとても多いのではないでしょうか。創立は1882年。建物がとても大きく立派でかっこよく、夏の音楽祭「BBC PROMS」の会場として有名なロイヤル・アルバート・ホールの目の前にある学校です。ロイヤル・アルバート・ホールのさらに向こうはやはり大きな公園で、ウィリアム皇太子とキャサリン妃のお住まいであるケンジントン宮殿があるケンジントン・パークに面しています。

 

Guildhall School of Music & Drama

日本語だと“ギルドホール音楽演劇学校”、通称・ギルド。バービカンセンターという総合文化施設のところにある学校です。バービカンセンターは語弊を恐れずにいうと渋谷の東急Bunkamuraや池袋の東京芸術劇場のような施設で、日本だと蜷川幸雄さんがロンドン公演をする際に使った会場として知られています。創立は1880年。名前の通り、音楽と演劇両方の専攻があるのが特長です。

 

Trinity Laban Conservatoire of Music and Dance

日本語だと“トリニティ・ラバン・コンサヴァトワール大学”、通称・トリニティ。1882年の創立。ロケーションは世界標準時の場所として知られるグリニッジ天文台の近くで、校舎は映画の撮影にも使われるほど美しいそうです。こちらは音楽とダンスの学部があります。

 

まだまだある!

ロンドンの音大事情がわかりにくいわけは、まずは名前が似ている学校があることが大きな要因だということが前段でお分かりいただけたと思います。しかし、“わかりにくい”わけはまだまだあります!

 

音楽大学以外にも…

まず欧米諸国の大学の特徴的な点として、総合大学が音楽学部を持つケースがとても多いことが挙げられます。ロンドンも例に漏れず、これまでご紹介した4校以外にも音楽を学べる大学がいくつもあり、日本人も多く留学しています。ひとくちに「ロンドンに留学するの!」と言われても、聞く人聞く人でいろいろな学校名が出てくるのは、それだけ選択肢が多いからなのです。有名なところだと、キングス・カレッジ・ロンドン(ロンドンと名のつく大学もまた数多くややこしいのですが…今日は割愛しましょう)や、ウエストミンスター大学あたりでしょうか。

またロンドンからは離れますが、世界でも秀才の集まる大学と知られるオックスフォード大学やケンブリッジ大学にも、音楽学部があります。

あるいは音楽大学が一般大学に吸収されたケースもあります。そもそもイギリスの大学制度は、複数の大学で集合体をつくって、その同盟のようなものが“オックスフォード大学”“ケンブリッジ大学”“ロンドン大学”などを名乗っていて、音楽大学がそのまま共同体に加盟していることもあれば、学部のひとつとなって吸収されている学校もあります。ちなみに我らが英国王立音楽院は“ロンドン大学”の一員で、学位もその共同体の名義で発行されます。

 

ロンドン以外にも…

イギリス全体に“ロイヤル”と名がつく音楽大学がいくつかあることも混同の原因でしょう。

グレートブリテン全土を見渡すと、産業革命の地として知られるマンチェスターには“Royal Northern College of Music”(日本語で“英国王立北音楽院”)があります(またひと文字違いだ…)。それからイギリスというと怒られますが、スコットランドには“Royal Conservatoire of Scotland”があり、ウェールズには“Royal Welsh College of Music & Drama‎”があります。

 

音楽高校もあります

もうおなかいっぱい…かもしれませんが、あとひとつだけ。日本では音楽高校というと附属高校が比較的多いというか、各音大が附属高校を持っている場合が多いのですが、イギリスで有名な音楽高校というとパーセル・スクールやメニューイン・スクールなどが挙げられます。名前は聞いたことあるけれど、それって高校だったんだ! と思う方も多いのでは…?

ちなみにイギリスだと音大附属高校よりは、たとえば桐朋学園大学の「子供のための音楽教室」のような形の附属教育機関を持つ学校が多いです。

 

Purcell School

パーセル・スクールはロンドン郊外にある学校で、9歳から18歳の生徒が学んでいます。今大学で一緒の学生の中にはパーセル出身という人も多いです。音楽高校ではありながら、学業の方もなかなか優秀と言われているんだとか…。学校には寮があり、多くの生徒が寮生活をしているそうです。作曲からピアノから弦楽器から管打楽器、そしてジャズなど、音楽大学に引けをとらぬ多様な分野が学べます。

 

Yehudi Menuhin School

ユーディ・メニューイン音楽学校は、サリー州という、ロンドンからは電車で1時間ほどの街にあります。ちなみにサリー州は、ハリー・ポッターの唯一残っている肉親・ダーズリー家の住まいがあるところです。8歳から18歳までが通う学校で、通常の学業にも勤しみながら、ピアノか弦楽器のどれかひとつに精通することが課されます。もちろん、創立者は学校の名前の通り、ヨギーとしても知られるヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインです。

 

Chetham’s School of Music

再びマンチェスターを登場させますと、チェサムズ音楽学校という学校もあります。略して“チェッツ(Chets)”と呼ばれるこの学校、音楽学校としての規模はUK最大で、やはり8歳から18歳の生徒が学んでいます。専攻はパーセルと同じく作曲からジャズまで。生徒たちはマンチェスターカテドラルでの聖歌隊活動も行うそうです。卒業生はマンチェスターのみならずロンドンや海外にも羽ばたきますし、法学や政治学、薬学での進学を選ぶ人も少なくありません。

 

つまり、音楽教育が充実している

とてもすべてを載せられたわけではありませんが、ロンドンの音大事情を“ざっくり”お伝えすることができたのではないかと思います。少しはみなさまのハテナを解消できたかしら…。

さぁ、次の配信のころ、わたしは夏休みでロンドンではないところからお伝えすることでしょう…! また次回、お会いいたしましょう。

 

 

maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。現在英国王立音楽院修士課程1年在学中、ジャック・リーベック氏のもとで研鑽を積んでいる。