アンデパンダン出品者レポート

アンデパンダンに出品された作曲者の方からレポート、メッセージを頂きました。

 

アンデパンダン展2015出品後記     松尾祐孝

当協会のアンデパンダン展は、かつては聴衆動員がはかばかしくない時代もあったようだが、2001年のISCM横浜大会辺りを契機として、出品希望者数も増え、会場も多くの聴衆が詰めかけるようになって活況を呈するようになってきたことは、誠に喜ばしいことと言えよう。今回も、会員諸氏のそれぞれの個性と筆致が多彩に披露されて、なかなかの聴き応えがある公演が結実していたように感じられた。

私は第2夜への出品となったが、両日共に会場に足を運び、様々な作品を聴くことができた二日間となった。会員同志の相互啓発の場としても、主催公演に足を運ぶことは有意義であると考えられよう。もっと多くの会員の皆さんと、会場でお目に掛かりたいものである。

拙作は、長年の知人=小野富士氏による初演を前提として書いたヴィオラ独奏曲であった。小野氏とは、氏が東海大学在学中で、大学オーケストラで活躍しながら藝大受験準備を進めておられた頃、私が中学から高校にかけて藝大受験準備に専心していた頃からの付き合いなのだが、氏に初演していただく作品を書く機会を得られずにズルズルと今日になってしまっていた。漸く今回のアンデパンダン展で長年の夢が叶った訳である。

小野氏は必ずしも現代音楽のスペシャリストではないのだが、N響の副主席奏者として、またモルゴーア・クァルテットのヴィオラ奏者&スポークスマン等としての意欲的且つ柔軟な活躍を通じて、私は長く信頼を寄せてきた。小野氏も持つ燻し銀の音楽性と独特の深い音色を前面に押し出した作品を書いたつもりだったのだが、お聴きになった諸氏にはどのように聴こえたのであろうか。

さて、当協会はこの程ナクソスと提携を結び、会員の作品の音源をナクソス・ミュージック・ライブラリーにアップして世界に配信できるフォーマットを持つことができた。次回のアンデパンダン展では、出品者の中から希望者を募ってそのプロジェクトに参加できることになるだろう。アンデパンダン展の重要性と活気が更に高まること、そして協会全体の活力の向上を願ってやまない。

 

  アンデパンダン展レポート 北條直彦

全体の感想 第一夜、第二夜を通して全体としては水準以上の良い演奏会だったと思います。只、第二夜では編成が、FlのソロやFlとのデユオ、又はPicとのデユオ、及びStringのソロ或はデユオに偏っていたのは、多様性に欠けていたかもしれません。自分の曲に付いては、PicとPfと云うあまり無い組み合わせで、響きのバランスを取るのに手こずりましたが、演奏困難な箇所もPicの増本さんが曲想に合った優れた演奏で、仕上げてくれました。又、Pfの及川さんが、適確なリズム処理やダイナミクス、優れたタイミングの良さ等でPicをサポートしたのも大きく、良いデユオを作り上げるのに繋がったと思っています。聴いた方の反応 何人かの作曲家の方からは、望外の高い評価を頂きました。1)大変魅力的な作品でピッコロがあれほどの表現力があったかと驚いています。2)適確な楽器法に裏打ちされた美しい繊細な、時にダイナミックな響きを楽しみ、又、プログラムに書かれている構築法が現実になるのを聴き感服致しました。3)編成を含めた発想や、冒頭やら、とびぬけて輝いていた。4)ピアノの用い方が素晴らしい。ピッコロとのコンビネーションも成功している。だが、もう一山あっても良かったのでは?等等です。(前、中、後略含む)尚、専門家以外の人の意見も挙げておきます。1)いずれも初演作品ばかりで素晴らしかったです。演奏者のおかげですね。(中略)現代音楽に対する先入観的違和感が取れはじめ、素直に聴ける様になりました。(後略) 厳しい意見もありました。2)聴き方が悪かったのかもしれませんが北條さんの曲は「まだ実験中」みたいな感じでした。最初の「実験的作品」はどんな音でも「楽音になる」と云うことでしょうか。「雑音とて雑音に過ぎないとは云えない」と云うことは分かるとしてもこれが楽音とは思えません。後略 等等です。他の作品を聴いて思ったこと 「こんなので良いのかな?」と云ったものもありましたが、中には優れた作品もあり、全体として見れば水準は高かったと思います。只、拙作も含め本当にはっとする様な作品には巡り会えませんでした。

次回に向けての要望

持ち時間に関してですが12分は少し短いと思います。編成にもよりますが、入り組んだ構成、或は構成を工夫し、論理的帰結を求めるなら、少なくとも以前と同じ15分は必要なのではないでしょうか?特に、トリオ以上の室内楽の編成に関しては。

2015年12月24日

 

■ 次は平野義久さんからのメッセージです。

現代音楽がなぜつまらないか。作曲という行為が純然たる「お仕事」から「個人的営み」の形相を呈し始めたのはロマン派台頭以降のことであろうが、その線引きの具合が大雑把な大時代的マナーはとうに消え失せ、今や画然と、そして冷然とこの二つは分け隔てられている。

平々凡々たる一市民である僕らは、「市民」という統計学上の数字を身の置き場にしてはじめて心安らかに暮らすことができる。つまり、僕らの生活はいつだって平均化という至上命題の上に成り立っていて、そこから逸脱しかねない事態が起こるとたまらなく不安になるのだ。個性の訴えは、安全圏内において心地よいくすぐりの役割を果たす。「オンリーワン」はファンタジーに属する思想で、『世界に一つだけの花』を教科書に載せることで個性の尊重という美徳は十分に満たされたものとされる。一方で、あえて故意に逸脱に興じる人たちがいる。彼らは、より”高級な”データに基づく統計学に自らを照らし合わせることで、その逸脱がその実逸脱でないことを立証するのにフェティッシュな悦楽を覚える根っからの享楽人だ。(「欧米では」「このような状況を海外の人々はどう見るのだろうか」)。

僕ら市民の「お仕事」はそのような統計学に迎合する様式に則って成立している。音楽活動も然り。ところが芸術音楽の分野においては、前世紀において、外面は前衛を気取りながらも内面のロマン派的芸術至上主義的メランコリーをいつまでも捨てきれず悶々としていた古風な人たちが、有り余る自意識過剰精神を結晶化させることで作品を生み出す「非・お仕事」に勤しんでいた。彼らは、聴衆には全く無価値である以前に、人間の聴覚的認識能力を超えたな複雑な方法論をもって音楽を書いた。確かにそれは、出来上がった作品とは無関係にある種の説得力を持つものだった(「課長、俺ね、とうとうBMW買ったんすよ。今日初乗りで会社来ました。すごいっしょ?」「山田、だからって会議に遅刻したらしょうがないだろ。」「何言ってるんすか、BMっすよ。BMで出社してるんっすよ、わかんないすか?このすごさ!」)。こうした方法論は、”我は只の一市民に非ず、芸術家なり”、という陶酔を伴う自己認識はもとより、その研ぎ澄まされた知性をひけらかす上でも非常に有用であったが、それを不躾に押し付けられた聴衆はたまったものではなかった。当然彼らは離れていく。だがそこで、バビットのごとく作曲家が切った啖呵は実に粋だった。曰く、「そもそも音楽に聴衆などいらない。」

彼らの失敗は、社会的、伝統的背理が高じて、ワークショップをセキュリティー完備の象牙の塔へ移したことにある。彼らは「お仕事」を放棄することでしか本質的な創作意義を見出せない不幸な時代を生きた。彼らはあまりに純粋で、愚直だった。一方、現代の僕らは、彼らのような純粋さを失った代わりに、統計学的数字の一因子としての自分を自覚しながら「お仕事」と「個人的営み」の間にある程度の折り合いをつける試みに努力を払う小賢しさを学んでいる。もちろんこの試みが成功したためしはない。今後もないだろう。畢竟、僕らは二度と大時代的マナーを復活させることはできない。だが、試みること自体が大切だ、などと言ってみたっていい筈だ。今や僕らは、象牙の塔に住むことの無意味さを知っている。僕らのワークショップは駅前商店街から一本路地に入ったマンションの一室にある。佐井氏の『巡礼III』の美しさ、正岡氏の『時を貫く”南無阿弥陀仏”』の楽しさはまさにそこから発信された純然たる試みの成果だ。そこには無防備にうっとりさせられたり、心踊らされる市民的快味が盛り込まれている。その快味にこそ現代音楽の新しい息吹、そして可能性の一端を見出すことができるのではないか、と僕は考える。中には曲解し、悪趣味に陥る作品もあったりするが、思わず口元が緩んだり、遠慮がちなヘッドバンギングでリズムをとる幾人かを聴衆の中に見出したりした時は(まさに今回のアンデパンダン展などがそうなのだが)、多少強気に出てこう言ってしまいたくなる衝動に駆られる。すなわち、「現代音楽がなぜつまらないかって?本当にそうかい?よく聴いてみろよ、現代音楽、案外面白いじゃないか。」と。

 

 

■ 次はロクリアン正岡さんからのメッセージです。

念仏楽曲の初演(ネット動画有り)を潜り抜けての1600字音楽存在論

          ―旋律的思考運動により高速と簡潔を得た哲学の一例として    

 まずは天文学の権威、日江井榮二郎氏の体験談から―

すばらしい音楽を聴かせて戴きました。貫く棒の如きものどころではない何かが在るように思いました。指揮者も演奏者も、私ども聴き手も、何か力強く生き抜こうという“dark energy”の如きものの存在が認められました。

韻律重視ゆえ「時を貫く」としたが意味は「時間を貫く」。「南無阿弥陀仏」とは私のスタンスでは「祈念」を超えて「永遠なるものとの一体性への信念の表明」である。言葉の内臓は概念であるが音楽の内臓は?私の思考は「無精卵ではなく有精卵こそ!」(“無伴奏人体ソナタ”)から「音楽の内臓はどうやら“自分自身”であるらしい」(“音楽の臓物としての人間”)へと突き進む。なにも作者自身に限らない。鑑賞者にしてもその音楽感動が真実であるならば、そこには自分(その人)自身が入っていてしかるべきなのだ。

西田幾多郎の言葉を借りれば「主客合一」「純粋経験」、そしてLMはそこに「純粋創造」を並べる。さて、「我々一人一人から万物(そしてニュートリノ)に至るまで、今こうしてあるのはすべて過去からの因果の連鎖の結果である」という信念が世の常識だが、もし私がそれに洗脳されていたらこの曲も私LMも有り得ない。「存在」(~がある)と「在りよう」(~である)とを混同してはならない。

科学は前者については何も言えないから後者に徹底しているのみである。ニュートリノの質量については言うに及ばす、そもそも「ニュートリノというものがある」ということについても同じことだ。「ニュートリノがある」の意味は「宇宙にはニュートリノがある、という状態である」であり、宇宙にしても「我々にとって宇宙というものが存在する状態である」という方が本来的というものだ。

確かに「小保晴である自分」「松元である俺」等々については、宇宙始まって以来の諸事象の結果を抜きには有り得ない状態ではあろう。が、だからといって「そもそもの自分存在」を事の成り行きに帰すことは出来ぬ。これは誕生以前、死後の両方にも関わる問題なので確言せねばならない。

そもそも皆さん「自分が無い状態」というのは想像つきますか?そう、出来るわけがない。無が有に、有が無に転じることは絶対に有り得ない。そう考えると、「自分が無から発生した」とか「自分が無くなる」などおかしい。「無いものなど無い」のが道理なのだから。

なのに、我々は「自分の死」を頂点として、如何に多くの「無」に悩まされ、自分の大切な意識を「負の巣窟」と化している事か?実に、在りもしない「無そのもの」を「有る(=在る)」とする「勘違い観念」は「負」だ。確かに我々にとって「相対的な無」は日常茶飯事。さっきまであったものが突然亡くなるとかその逆とか。「相対無」は現象(相対的に存在)する。よって「負」が生じる。そして、その穴を埋めようとして「勝」や「正」が生まれる。「欲」という文字が示す通り。かくて我々の生も世も相対的変化の渦中にある。無常観に苛まれもする。動的な人は「勝」や「生」を追いかけ、静的な人は今持っているものにしがみつく。

「絶対有」は「有難い」がゆえに知られ難い。それは我々がその部分を占めているからだが、それを「不可知の何様」(LM造語)として服することは出来る。宇宙開闢以来すべての瞬間を貫いて進むとされる時間であるが、実はその時間をも貫くものこそが「永遠」であり「絶対有」なのである。なぜなら、それは人間をも含めた万事万象を貫くものだから。

音楽は変化を常態とする「無常芸術」(LM造語か)であり「時間芸術」であるが、そんな厄介な時間を質料とするのも、「永遠」「絶対有」「不可知の何様」を行き渡らせることが「音楽の天職」と思うからだ。「作曲家の本務」ここにあり!

(詳論はHPに掲げます。)

 

 

■ 次は内本喜夫さんからのメッセージです。

私は唯一の代表作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ、以外には興味は無い。他の作品については、関心は全く無い。

以下「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ(改訂第二版)

ISBN 978-4-907628-66-6

より抜粋

第三章

「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ

内本喜夫 代表作品 創造者著作権利者 内本喜夫

 

第一段階:第二段階:第三段階

作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバにおいて、史上最大の3F水素爆弾、正式名称AN602一般名称Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)の第一段階である困難を極めた本物の実物完全設計図入手全過程から、第二段階の第一段階で入手した本物実物完全設計図に完全に忠実に実物を製造して、第三段階(最終段階)の作品「TSAR BOMBA」に至るまでの内容を掲載した。

私は作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバと共に生まれ育ち人生を生きてきた。私の命そのものであり作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ以外には全く興味は無い。他の作品についてはどうでも良い。私が全身全霊をかけて取り組んでいるものは、作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバだけである。他の作品についての興味は全く無い。作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ一作品だけで他には何もいらない。作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバが私の人生を生きていく唯一の希望である。

作品「TSAR BOMBA」には史上最大の核出力150メガトンを遥かに超える3F水素爆弾AN602 Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)を必ず使用しなければ、私の唯一の代表作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバの完成はしない。この作品「TSAR BOMBA」作品設計図は本物の実物完全設計図を使用する。ソビエト社会主義共和国連邦が作製を行った、AN602 Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)の本物の実物完全設計図を必ず使用しなければならない。核出力150メガトンを遥かに超える破壊力に戻す以外は、その実物完全設計図通りに造る。縦長の回転楕円体に近い弾殻の外観や大きさ、形状、色、使用する材料、細部に至るまで、全く同じ真の3F水素爆弾Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)を実物完全設計図通りに史上初めて製造する。タンパーや弾殻を本来の設計通りウラン238に戻して核出力150メガトンを遥かに超えるTsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)に戻す以外は全て同じであるTsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)をその本物実物完全設計図通りに造る。大きさ、形状、色、使用材料、細部に至るまで、全く同じで、重量27t全長8m最大直径2m 核出力150Mtを遥かに超える3F水素爆弾AN602 Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)を実物完全設計図通りに史上初めて製造する。タンパーや弾殻物質もウラン238のみである。作品「TSAR BOMBA」に使用するTsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)は絶対に本来の設計通りにタンパーや弾殻がウラン238のみであり核出力が150メガトンを遥かに超える破壊力の真の3F水素爆弾でなければならない。

核分裂-核融合-核分裂「Fission-Fusion-Fission」の三段階核反応爆発を実現させて破壊力が150メガトンを遥かに超える核出力の3F水素爆弾AN602 Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)でなければならない。

ソビエト社会主義共和国連邦が開発した人類史上最大の核出力150メガトンを遥かに超える3F水素爆弾Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)一発のみを地球の大気圏内で核爆発させる。

ソビエト社会主義共和国連邦が1961年10月30日に地球の大気圏内で唯一実施した核爆発実験での本来の設計ではない、タンパーがウラン238から鉛に変更された3F水素爆弾ではないTsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)ではなく、タンパーを鉛に変えずに本来の設計通りのタンパーや弾殻をウラン238にした核出力150メガトンを遥かに超える破壊力の3F水素爆弾Tsar Bomba(ツァーリ・ボンバ)一発のみを使用する。一発のみの核爆発によって地球の大気圏内で発生する無数の全ての物理現象を最大限に最も効果的に発生させる最適条件下で核爆発させる。最も効果的に地球大気圏内核爆発物理現象を発生させる。発生する無数の全ての物理現象がこの作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバの全内容なのである。

以上が内本喜夫唯一の代表作品「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ、作品内容である。

以上

「TSAR BOMBA」ツァーリ・ボンバ(改訂第二版)

ISBN 978-4-907628-66-6

より抜粋