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8月 06

卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第13回「ロンドンの寮生活」


こんにちは! ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。わたしの7月は鬼のように流れていきました。月のごく初めに、音楽院の作曲科の博士課程の方のピアノ協奏曲自作自演の演奏会にオーケストラの一員として参加したのを皮切りに、友人の卒業式を見守り祝い、卒業記念に演奏会を開いた指揮科の先輩のオーケストラに乗り、その後は寮の部屋の撤収に追われます。

わたしはロンドン大学(詳しくは先月のコラムをご覧ください!)の寮に住んでいたのですが、システム上年度末に一旦退寮せねばならず、約1年慣れ親しんだ部屋を空けるのはとても寂しく切ないことでした。また初のひとり暮らしだったこともあって、もちろん部屋の撤収も初。ひとりで部屋を空けられるのか不安のあまり最後の1週間はあまりよく眠れませんでした。笑

 

何とか荷物をまとめ、最終日は何と夜中の3時に寮を出ました。なぜなら朝7時半のフライトがわたしを待っていたのです…! 夏といえどさすがに真っ暗な中バスに乗り、空港ではスーツケースが圧倒的重さを記録して膝を着いたり懐を痛めたり(超過重量につきその分支払いが必要でした)、空港で友人とのんびりイングリッシュブレックファーストを決めていたらゲートが閉まる時間に遅刻しかけたり…まぁ珍道中と言うにふさわしいエピソードは尽きないながらも大きな事故はなく、わたしは無事に夏休みをスタートさせたのでした。

……と夏休みの話を始めそうになりましたが、夏休みはまだ続くのでその話題は次回に譲りましょう。今回は冒頭で触れた、苦労してチェックアウトしてきた寮での暮らしにスポットライトを当てたいと思います。

寮はいわゆる「インカレ(intercollegiate)」タイプで、いろいろな大学の人が入居できるものの、一応ロンドン大学に所属する大学に通う人のみという条件がありました。ひとつの寮に本当に様々な専攻の人がいたのはおもしろかったです。特に9月の頃は、自己紹介の定型文が「わたしの名前は誰々、どこどこで何々を勉強しているよ」というものでした。

ロンドン大学の Intercollegiate Accommodation は、朝食と夕食が出るのがとっても嬉しいポイントです。わたしも、その食堂の写真を見たことが大きな決め手でした。イギリスのご飯はおいしくないという前評判は嫌というほど聞いていましたが、その写真にはサラダバーが写っていて、葉っぱ好きなわたしはサラダさえ好きに食べられれば生きていける! と確信したのでした。

しかしいざ入居してみるととてもおいしくて…という話は確か以前のコラムにも書きました。けれども、ここで改めて強調しておきたいと思います。笑

食事を抜きにしても、寮生活はいかにも“留学”という感じがして非常に良い経験でした。

ただ、わたしはそこで強靭な人脈を作れるほどの社交性は持ち合わせておらず、せいぜいご近所さんと「How are you?」と言い合う程度でした…。自分の語学への自信のなさも相まってなかなか積極的にいけなかったのですよね……。

それでも寮のご近所さんには非常に感謝していて、と言うのは、部屋で練習していたので圧倒的にうるさかったはずなんです。あるとき「わたしの音、うるさいと思う?」と尋ねてみたところ、わたしは返ってきた言葉に驚かされました。

「うるさいかって? そんなわけないよ、“音楽”だもの、“騒音”とは別のものじゃん!」

イギリスの人には基本的にこのような考えがあるようです。ありがたや。

なおこの質問をしたとき、「わたしの練習たまにクレイジーだけど大丈夫?」と尋ねました。初め相手は「?」な表情を浮かべたので、まだ留学初期すぎて英語が不安で仕方なかったあまり、別の言葉で言い換えたのですが、今となっては音楽家ならみんなこう言ったろうな、と思います。つまり悪かったのは言葉のチョイスではなくわたしの発音か、または音楽家同士でしか通じない言い回しだったのでしょう。

そうは言っても絶対にうるさくはあったはず。みんな黙って聴いていてくれていてありがとう……。むしろ好意的に受け入れてくれたのは幸せなことでした。

食堂やエレベーターはほかの住人との交流の場なのですが、専攻はヴァイオリンだよ、と名乗ると

「知ってる! 部屋の前通ったことあるよ!」
「あ、聞こえたことある!」
「弾いているのあなただったんだ! 今度聴かせてよ!」

という反応が返ってきて、その温かさには涙がちょちょぎれました。しかし一方でズッコケたのは

「あ、知ってる。トイレの隣の部屋よね? お手洗い行ったときいつも聞いてるよ!」

という一言。わたしの練習がまさかトイレのBGMだったとは……。

寮の好きなところを挙げるとキリがありませんが、とりわけ印象に残ったことをいくつかご紹介します。

まずは部屋に鐘の音が聞こえてくること。教会が少し離れていたせいで風向きによっては聞こえないことも多かったけれど、15分に一度、本物の教会の鐘の音を聞きながら暮らすのは、ああわたしはヨーロッパに留学しているのだな、と実感させられるシーンでした。

そして立地。大学街に建っている寮なので、周りは大学か公園か、はたまた本屋さんかカフェか。都会の中にあってもとても穏やかで、それでいてロンドンのかなり中心というロケーションのおかげで、どこに行くにもアクセスが良いのです。気が向いて散歩をすれば、居心地の良さそうなカフェを見つけたり、小さいのに都会の喧騒を忘れさせてくれる公園に出会ったり。休日は買い物がてらよく歩いていました。

また寮の食堂の温かい雰囲気がとっても好きでした。はじめのうちは配膳してくれるおじさんの英語が聞き取れなくて、正直ご飯を食べに行くのは勇気が必要なことでしたが、慣れてくると、おじさんたちはとても優しい人だとわかったし、ご飯はいつも多すぎるほどモリモリに持ってくれるし(「そんなにたくさんはいらないよ!」と言えば逆に心配されたり)、実はおじさんの英語にも癖があるとわかったし…

寮の食事をいただくことが、わたしの毎日の何よりの楽しみとなりました。帰宅が食堂のクローズ時間に迫ったときには、食堂に行きたい気持ちのあまり、最寄りのバス停から滑り込みを目指してダッシュをしたことも幾度かあります。反対に、寝坊して朝食を逃した日などは、寝坊したこと以上に、おいしいおいしい朝食を逃した自分に対して非常にがっかりしたものでした。

とにもかくにも、わたしの留学1年目は、寮の存在が大いなる支えとなりました。この1年で感じたもの、得たものは体内に時間をかけて取り込まれ、しばらくたったときにきっとわたしの人生や音楽に何か表現をもたらしてくれるんだろうな、という予感が日々頭の片隅にありました。

だからこのテーマを取り上げることは、とりとめのないコラムになってしまうのではないかという危惧を抱き、違うテーマにすべきか悩んだのですが、旅行記や留学記のようなものはフレッシュなままに書き残すことが一番効果を持つと思うので、今わたしの中にある記憶・気持ちのままに書ききってみました。

人生経験というのはおもいがけないときに過去と未来が繋がったりするもので、何がどこにどのように影響をもたらすかは予想できないものです。わたし自身、1年間の学びを経て技術的に大きく変わったなと思う点は多々あるのですが、わたしの音楽表現は変わったのか、それともとくに変化はないのか、それについて自分ではわかりかねます。

それを知る意味で、留学終了を待たずに、留学途中にもぜひ日本でコンサートを行いたいとは当初から考えていました。このたび「ヴァイオリン・デュオ・コンサート」という形でその構想が実現することとなりましたので、最後にお知らせさせてください。

『Violin Duo Concert』ー 90分、ひたすらデュオ。

日時:2017年8月10日(木)18:00開場/19:00開演
会場:赤坂カーサクラシカ
入場:一般¥3,000/学生¥2,500

※料金別途にてお食事やお飲み物をお楽しみいただけるカジュアルな会場です(オーダーは必須ではありません)。オーダーは開場時間(開演1時間前)から可能です。

出演:若杉まり・原田真帆

曲目:
プロコフィエフ 2つのヴァイオリンのためのソナタ
ロースソーン 2つのヴァイオリンのための主題と変奏
イザイ 2つのヴァイオリンのためのソナタ ほか

ご来場の際はご予約いただけると幸いです。ご予約はリンク先ページ下部のご予約専用フォームからどうぞ! 開催の経緯も含めた詳細をまとめたリリース記事となっておりますので、よろしければ併せてご覧下さい。

 

それではまた次回、お会いいたしましょう。次回卑弥呼はどこにいるでしょうね…わたしの夏休みの旅をレポートする予定です。どうぞおたのしみに!

 

 

maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。現在英国王立音楽院修士課程1年在学中、ジャック・リーベック氏のもとで研鑽を積んでいる。

 

 

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