卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第1回「ヴァイオリン弾き、時々ライター」原田真帆


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みなさまこんにちは。
わたくしはヴァイオリン弾きの原田真帆と申します。

これまでにも何度か日本現代音楽協会HPでご紹介いただきましたが、この度、コラム連載を持たせていただくことになりました。

わたしは3歳からヴァイオリンを始め、東京藝術大学の附属高校を経て、この春同大学を卒業しました。この秋からはヨーロッパで勉強を始めます。

一見、ヴァイオリン学習者としては「王道」を通ってきたわたくしですが、実はかなりの個性派。演奏のかたわら、あちらこちらで「文章」をつづっているのです。

わたしの「筆」業は、大学2年生の夏に始まり、かれこれ3年近く。これまでインターネット上で、このようにコラムを連載したり、あるいは若者向けのサイトで流行を発信する記事を書いたりしてきました。

今は「しらべぇ」というニュースサイトで「独自調査に基づくニュース」を書いたり、大学の先輩と運営している「COSMUSICA(コスムジカ)」というサイトで音大生・受験生向けの記事やコラムを書いています。

 

そういうわけで、執筆をしていない日はないと言っても過言ではない日々を過ごしておりますが、決して幼い頃から「文章を書く」ことが得意だったわけではないのです。

幼少期のわたしは、むしろ作文が下手。小学校低学年の頃といえば「ニガテ中のニガテ」なものが運動と作文でした。

漢字の読み書きも音読も読解も普通にこなし、読書も大好きなのに、作文だけはどうしても進まず。小学生時代は大体下書きの段階で遅れを取り、「持ち帰り」か「居残り」で間に合わせていました。

土日に作文の宿題が出ると気分は地獄で、まずアイデアがないとわめき、題材が決まったら今度は何て始めたらいいかわからないと言い、書いたら書いたでどこで終わったらいいかわからないと拗ね……

とりわけスピーチが嫌いで、人前で話すことにためらいはないけれど、なんせ原稿が書けないし、書いても自分で「おもしろい」と思えるものではなく、授業でスピーチに取り組むのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。

中学1年生の時も国語の教科書にスピーチの単元が出てきて、「我ながらつまらない原稿だな」と思いながら読み上げたのは、あまりいい思い出ではありません。

 

そんなわたしですが、中学に上がったその年、ひょんなことから「小説」を書いて文化祭にて発表することになります。

ゆとり教育が生んだ「総合的な学習の時間」、わたしの学校ではクラブさながら、学年を超えて開設された様々な「コース」を選び、それぞれ課題を設けて取り組んでいました。

わたしが選んだのは、居残り練習や文化祭での派手なステージもなさそうで無難な「文学研究」コース。放課後や昼休みに練習があるコースは避けたかったし、「興味ないこともないし」選択したのですが、これが転機になります。

興味ないこともないし。そう、何を隠そう、作文を嫌う一方で、小学4年生から5年生にかけて、わたしは『小さなナイト』という子どもの冒険小説を書いていました。

縦書きのノートに鉛筆でつづった、わたしとクラスメートのひとりが主人公の冒険物語はクラスで大人気に。「小説進んだ? 貸して!」という声は絶えず、情熱の向くままに文字を書きなぐったノートを手に、気分はさながら人気作家でした。

その記憶が新しかったので、どうせなら毎週火曜日午後の総合の時間、腰を据えて小説を書いてみたらどんなものができるのか挑戦してみたい、という興味がありました。

しかし『小さなナイト』のように、ひとりよがりで、子どもの小説にありがちな「支離滅裂」な話にはしたくない、という思いが強くあり、わたしは自分のお気に入りの小説を分析することから始めます。

……それは大義名分。本当はその時「書きたい物語」のアイデアがなかったのです。
秋の文化祭では、総合の授業の成果を発表します。それぞれ何を発表するか決めるように、と先生に問われた時に、わたしはオリジナルの小説を出品すると宣言してしまいます。

コースの中には、ひとりの作家に焦点を当てて研究の成果をまとめている人もいました。そういう方法もあったのに、二者択一のうち、小説を書く道を選んでしまったことに、次第に焦りを感じました。毎週進捗状況を報告せねばならず、わたしの「研究報告」は、いわば書き出せない小説のための時間稼ぎでした。

そんな折、図書館で借りていた「シャーロック・ホームズ」の本が、ピンチのわたしを救ってくれたのです。

 

やっとこのコラムのタイトルにもいる「ホームズ」が出てきたところですが、続きはまた次回。「ホームズ」に助けられた「小説家」気取りが、なぜ「ウェブライター」になったのか、そしてなぜ今また「ホームズ」なのか、お話ししたいと思います。

 

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maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。