フォーラム・コンサート第2夜 (11月28日)  出品作曲家プログラム・ノート

フォーラム・コンサート第2夜 (11月28日)  出品作曲家プログラム・ノート

フォーラム・コンサート出品作のプログラム・ノートを先行公開します。
作曲者によっては追加メッセージもあります。

「作品について」をお読みになると、聴く前から曲のイメージが膨らむのでは?
11月28日には、これらのメッセージが実際にどのように音像化されているかを確かめに、
是非とも東京オペラシティリサイタルホールまで足をお運びください‼

①  くりもとようこ
臆病な自尊心と尊大な羞恥心

(作曲2025年 初演)

◎作品について
 2025年に作曲、10月に名古屋にて初演された。
 題名は、中島敦の小説「山月記」の中に出て来る言葉である。「山月記」とは、大成しなかった詩人が挫折し、発狂して虎になってしまい、山中で然出会った昔の知人に、人間性を無くしてしまう前に、自作の詩数十篇を残して欲しいと依頼する。そして、非常に自嘲的に自己分析をする。自分がこうなってしまったのは「臓病な自尊心と尊大な差恥心」のせいである、と。
 高校の国話の教科によく載っているというこの小説だが、若い人が挫折について学ぶことは良しとしても、現在、我が身に置き換えて読むと、身につまされて、辛い。
 「山月記」を発表したその年に33歳で亡くなってしまった作者は、主人公に自分を重ねていたのだろうか。
 曲は、この作品を表現しようとした訳ではない。作曲に当たって、この2つの言葉から「ズレ」というものを考えた。2本のチェロは、音程・リズム・音色の僅かなズレを持ってシンクロナイズする。

プロフィール
愛知県立芸術大学及び大学院修了。作曲・演奏・パフォーマンスをする。主要作品として、《発声と様式のモード〜新しいオペラへの試み》、名フィルより委嘱された《弦楽器、打楽器、ピアノと和太鼓のための「天・無・極」》等がある。2014年、現代日本の作曲家シリーズ第47集としてCD『くりもとようこ自作自演集』がフォンテックよりリリース。1992年度名古屋市芸術奨励賞受賞。現在、日本現代音楽協会、日本作曲家協議会各会員。

 

②  堀切幹夫
From Winter to Summer
(作曲2014年 初演)

◎作品について
冬から春を経て夏へのクレッシェンド。
曲は〈2月〉〈3月〉〈4月〉〈5月・夏〉の4分ずつの、緩急緩急の4楽章構成。各楽章は、アタッカで続けて演奏される。季節の時間の移り変りと、音楽時間の推移の反映。音楽が自然界の造形にまで高まっていれば、幸いである。
〈2月〉——ウィンターミュージック。特殊奏法もまじえて、荒涼とした冬のきびしい風景。
〈3月〉——ピッチカートを主体としたリズミックな楽章。春を待ちわびるうきうきした様子。楽しい冬から春にかけての期待にみちた風情。雛祭なんかもある。3月下旬、雪にみまわれる。それが終ると、鳥がなき、春到来の4月へ移って行く。
〈4月〉——春たけなわである。ふっくらとした弦の静的であたたかい和音が主体的。あたたかい風の中に花々がゆれる。まさに春はこの世の逸楽。盛り上がって行き、いよいよクライマックスである初夏をむかえるのだ。
〈5月・夏〉——この楽章では、自然界の時間の推移より、純音楽的なフィナーレとしての時間構造
の方が優位にたったかも知れない。アップテンポで夏を謳歌している。曲は中間部をはさんで、いよいよ輝きに満ちたものとなり、完成は8月。冬から夏への一つの季節の時間をかりた。僕なりの純音楽的楽曲となった。

プロフィール
1953年、東京生れ。1968年、清瀬保二に師事。1978年、病のため東京藝大中退。

 

③  三宅康弘
らんちう狂詩曲ーヴァイオリン独奏のための
(作曲2025年 初演)

◎作品について
らんちう(らんちゅう)とは、150年前に日本で生まれた金魚の一品種です。背びれがなく平らで、卵形の太い胴と、頭部の大きなこぶが特長で、「金魚の王様」とも呼ばれています。

そもそも魚として速く泳ぐために必要な背びれが消失し、尾が張り出し、他のひれも小さく、非常に泳ぎにくい体型をしているにも関わらず、泳ぎの上手さも求められるという矛盾を抱えています。人間による品種改良で相撲の力士のような堂々とした風格を持ち、もはや自然界では自力で生きられないほど特異な姿に進化しているのですが、金魚が2000年前に中国で突然変異で赤くなった緋鮒を祖先に持つため、自然交配に任せているともともとの鮒の形に戻っていくそうです。
そんならんちうの独特な性質を、音楽的に翻訳する形で作曲しました。
卓越した演奏家である佐藤まどかさんには、数々の助言をいただきましたこと、この場をお借りして感謝申し上げます。

プロフィール
国立音楽大学応用演奏学科卒業(第1期生)、同大学院作曲(音楽理論)専攻修士課程修了。同大学国内外派遣奨学生(ザルツブルグ・モーツァルテウム音楽院国際夏期セミナー)、現音作曲新人賞受賞(2002年)、ISCM(国際現代音楽協会)世界音楽の日々エストニア大会入選(2019年)。
現在、上野学園短期大学音楽科准教授、洗足学園音楽大学・大学院非常勤講師、聖徳大学音楽学部兼任講師。日本現代音楽協会会員、日本ソルフェージュ研究協議会会員、日本電子キーボード音楽学会幹事。

 

④  早川和子
道(どう)~独奏チェロのための~
(作曲2025年 初演)

◎作品について
「道」(どう・みち)とは、“人が往来するところ”、“人の守るべき物事の道筋”、“方法・やり方”、“依る・依り従う”、“手引・案内”、“教え”、“もろもろの学間・技芸”など字義は多岐にわたる。
 人が日々往来する道。それは広かったり、狭かったり、まっすぐだったり、曲がっていたり。時には行き止まりで引き返さねばならなかったり。平坦かと思えば坂道、それも急で長い長い坂道。でこぼこ舗装されているようないないような。じゃり通、泥道、廻り道。とてもお気に入りの靴では歩けないような現実そのものがそこに存在していたり……。単なる道かと思えばそれは人生そのものであったり……。苦労した方が味がある、などと励まされ作曲人生早や50年強。
 本作品、ハイポジション、ダブルストップ(二重音)、フラジオレット、ピッチカート等チェロの演奏技法を駆使し、様々な道の姿を表現している。
 難解な曲に挑んで下さる高名かつ誠実な人柄の苅田雅治さんの実力と意欲に感謝!!!

プロフィール
1975年東京藝術大学大学院音楽研究科修了、芸術学修士。作曲を長谷川良夫に師事。現在までに個展を21回開催。このうち第3回より第21回までは全作品初演。また1997~2002年の個展は「演奏会形式オペラ」による。作曲グループ「屮」代表。1997、1999~2004年度日本現代音楽協会委員(2003年度以降は理事と改称)。茨城大学名誉教授。

 

⑤  河内琢夫
<ニライカナイ民族組曲)~メタル・ガムランとビアノのための
(作曲2023年)

◎作品について
タイトルにある「ニライカナイ」とは琉球、奄美群島に住む人々の間で信じられている異界概念、理想郷の一種で死後の楽園すなわち南方浄土のことである。そんな世界に住む人々の、現世での生きる苦悩から一切、解き放たれた安らぎと喜びに満ちた小さな祭りの音楽、架空の民族音楽を私はここで作りたかった。

実は今宵、使用されるメタル・ガムランは私が好奇心から通販で買い求めたもので、価格は1万円と少し。品物が届いて、この楽器は実際のガムラン演奏に使われるものではなく、いわば置き物、玩具、お土産品の一種だと気が付いた。楽器の価格を考えれば当然のことであろう。しかし、しばらく楽器をいじっているうちに、これは何か作れそうだ、という気になって作曲したのがこの作品である。メタル・ガムランの音はたった7つ。下からD♭-F-G♭-A♭-C-D♭-Fである。
曲は以下の3つの楽章から構成されている。
第一楽章:中庸の速さで
第二楽章:ゆっくりと
第三楽章:急速に

プロフィール
洗足学園大学音楽学部(現・洗足学園音楽大学)作曲専攻卒業後、同大学専攻科修了。作曲を宍戸睦郎氏に師事。第3回Music Today国際作曲コンクール(企画構成:武満徹)入選、ISCM World Music Days(ルーマニア)入選。エコ・アース・レコーズより3枚の作品集CDをリリース(販売元:東武商事)。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会各会員、深新會同人、日本グリーグ協会役員。

 

⑥  露木正登
セレナード111〜バセットホルン、洞、笛子とピアノのための
(作曲2025年 初演)

◎作品について
2025年7月末から10月中旬にかけて作曲。2014年から始まったセレナード・シリーズの第3作。この曲はバセットホルンが中国の民族楽器(洞簫、笛子)と出会うというコンセプトで書かれた。

3部からなる6楽章構成。続けて演奏される第1楽章から第3楽章までが第1部、第4楽章と第5楽章が第2部、そして第6楽章が第3部となっている。楽器編成は楽章ごとに異なるが、バセットホルン、中国の民族楽器(洞簫または笛子)およびピアノが揃っての合奏は第3楽章と第5楽章(あと第6楽章の一部分)のみである。中国の民族楽器は、第1部と第3部では洞簫(F管)が、第2部では笛子(A管)が使用される。
中国の民族楽器については、それぞれの楽器がもつ音色や音域、性能を尊重しつつも、結局は私自身の音楽をその楽器に託すより他はなく、その意味では西洋近代楽器のために曲を書くのとまったく同じ姿勢で向き合うことにした。
拙作を演奏してくださる王明君さん、鈴木生子さん、及川夕美さんに心から感謝いたします。

プロフィール
作曲を浦田健次郎氏に師事。第6回朝日作曲賞(吹奏楽)受賞。第3回国立劇場作曲コンクール佳作。第12回吹田音楽コンクール作曲部門第3位入賞。《交響的譚詩(1995)》と《「かごめかごめ」の主題による幻想曲(2005)》の2つの吹奏楽作品がティーダ出版から、《トリプティーク~サクソフォン四重奏のための(2015)》がブレーン(株)から出版されている。

 

⑦  桃井千津子
The Lion’s Share~ソプラノとビアノのための
(作曲2025年 初演)

◎作品について
本作品は「確かに貸した」の回文が旋律の抑揚となる前奏から始まる現代日本歌曲である。10年前の英語回文を使用した作品は、逆行の認識が難しく、その改善作ともいえる。英単語や謎言語は、この曲の録音逆再生でも歌曲として聴くことができる、作曲者の編成であるものの、音質が悪くなるため今回は逆再生なしとした(回文含め、謎歌詞は現音ネットサイト上に掲載)。
歌詞全体に一貫性はなく、旋律や使用音階も数秒で変移する。超小品集的な曲として現在におけるネット情報のスピード感、短縮感を表した。
最初はリディア旋法の第1音変位とローテーション、伴奏や歌、舞台上の変化が顕著になる中間部は五音音階系、再現部は提示部分の逆行が主に使用される。反復進行などの旋律や和声感は面白い歌詞に基づいている。
「だんだん」という言葉の箇所は松任谷由実「DANG DANG」の旋律一部引用であり、本格的に作曲を学ぶ事を勧めてくれた、今は亡き歌専攻の先輩へのオマージュとした。
演奏を引き受けてくださった川辺茜さん、長井進之介さんに感謝し、ご来場の方々、諸先生方、視聴してくださる皆様にも心より御礼申し上げます。

プロフィール
国立音楽大学卒業、同大学大学院修士課程(音楽理論)修了、博士後期課程満期退学。渡米中にアレンジ法、パフォーマンス法、音楽理論を学ぶ。帰国後は作曲や作品研究、教育活動と旋法の研究、「20世紀音楽を研究する」共著書籍出版等。日本現代音楽協会、日本音楽学会、日本音楽表現学会各会員。

追加アピール文
「The lion’s share」は全体の大部分、ライオンの美味しい所取り的な寓話の教訓という意味から録音逆再生の場合も歌詞と音楽が回文で楽しめる構成です。日本語と英語の回文ほか、中間部以外に使用された謎言語も⇩注目いただけますと幸いです。

A-ti-sa-ki-na-ki-sat. I-na-wo-ti-ro-to-ko-ti-ro-ta-win. A-nus-ta-me-da-mu-tan. A-ma-ma-ga-wa-ti-si-ni-sa-ta-wa-ga-mam.「Aha!」留守に何する? U-ru-si-na-ni-nu-sur? 狐 鐘つき。Ki-ku-ste-na-ke-nus-tik.「Huh?」鯛焼き焼いた。A-ti-a-yi-ka-yi-at. いぶし銀 演技すごい。I-u-bu-signe-ni-gi-sub-I 「Wow!」カッコいい国歌。Ak-ko-ki-iok-ka-k. まさか逆さま。A-ma-sa-ka-sa-ka-sam. 「Gag?!」

相談とは とんだ嘘、O-su-ad-no-ta-wot-naduos. O-yo-na-na-ke-na-koa-koa-ke-na-ka-no-noy. 世の中ね 顔かお金かなのよ。「Borrow or rob?」Fall leaves after leaves fall. The lion’s share.

 

⑧  松波匠太郎
乱声和同美武府~Run”Joiedevivre”
(作曲2025年 初演)

◎作品について

乱声和同美武府(らんじょうの わどう びの ぶふ)はフルートと三味線のための二重奏であり、雅楽・舞楽の中で聴かれる「乱声」より着想を得た作品である。舞人が舞台に登場する際に奏される、笛や太鼓、鉦鼓による前奏・導入曲で、自身は春日大社における「遷幸の儀」の中で行われるそれを映像で視聴し、そのポリフォニーや微分音にすっかり魅了されてしまった。簡単に説明すると、数名の龍笛奏者が列をなし各々のパートを奏し、神様を先導するのである。ポリフォニーの実現は大編成の機会にとっておくこととし、今回は微分音の要素にフォーカス、技の多彩さが魅力の二楽器による形態とした。

その後、乱声=run〜と掛けallegroの音楽はどうかと、続けてjo…joie de vivre”生きる喜び”に辿り着き、三味線ならば歌舞伎的にと、冒頭の当て字及びコンセプトが確定する。和同は調和、武府は江戸の異称であるため、三味線を使用する作品としてうまくまとまった気でいるが、音楽は果たして…。
曲は単一楽章で前奏曲的性格を持ち、それぞれの楽器がソロとしても成立し得るヴィルトゥオーソを担い、協働と拮抗を繰り返す。ゆらぎ(ポルタメント)のテーマと上行型の走句が全体を支配するが、フルートの息遣いや三味線の端唄あたりから、”人間”を感じられれば嬉しい。世界的アーティストである本條秀慈郎氏と、期待の若手である尾藤あづみ氏、二人の奏者(走者)のパフォーマンスを楽しみにすると共に、この場を借り心より御礼を申し上げます。
 
プロフィール
東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、同大学院修了。在学中、同声会賞受賞。第82回日本音楽コンクール作曲部門第二位、岩谷賞受賞。第8回JFC作曲賞。作曲を小山薫、浦田健次郎、川井學、土田英介の各氏に、常磐津節を常磐津文字兵衛氏に師事。名古屋音楽大学特任准教授、桐朋学園大学、エリザベト音楽大学非常勤講師。日本作曲家協議会理事、日本現代音楽協会、オーケストラ・プロジェクト各会員。