第33回現音作曲新人賞 — 山本裕之審査委員長の講評

 第33回現音作曲新人賞の講評

                            審査委員長 山本裕之

 

第33回現音作曲新人賞は、「邦絃楽器」という変わったテーマ設定がなされたため、個人的には応募が少なくなるのではないかと危惧しました。実際は18作品の応募があり、これは確かにこれまでの実績からすると少ない方ではあるものの、ほとんどの作品が今回の公募のために書かれたであろうと考えると、現代邦楽への感心が決して薄れていないことの表れであるとも思えます。そしてこのようなテーマ設定ができる現音作曲新人賞の存在意義は大きいと実感しました。

 

2016年11月25日(金)の譜面審査で4曲に絞りましたが、この時点で4曲が各々異なる方向性を持っていたこと、どれも高いレベルにあったことなどから、3月3日(金)の本選会ではかなり難しい審査が予感され、はたしてその通りとなりました。3人の審査員の判断はバラバラで、限られた時間内での選考は困難を極めました。しかしながら、審査員の中で共通する認識も多分にあり、最終的に総合的な判断で新人賞に伊藤作品を、富樫賞に増田作品を選出しました。なお富樫賞の授与は今回をもって最後となります。

 

以下、入選4作品についての講評です。

 

伊藤彰氏《好奇心ドリブン》(ギター、ヴィオラ、二十絃箏)は、3つの楽器がすべて絃楽器という共通性を持たせた上で、限られた素材、奏法およびピッチを用いることにより、音色の差異を効果的に聞かせた作品で、その繊細な感覚と作品のもつ力は特筆すべきものでした。音楽的な発想や使われた素材は必ずしも新しい方向性を覗かせてくれるものではありませんでしたが、何よりも完成度の高さがそれをカバーしています。

 

増田建太氏《樹に窓を見る》(十三絃箏、クラリネット)は、リズムの難しさと微分音の多用から、譜面審査では演奏の困難さが指摘されましたが、本選ではすばらしい演奏が披露されました。多用されている微分音からは「狂気」のようなエモーショナルな表現も期待されましたが、残念ながらそれはあまり目立ちませんでした。しかしながら、限定された素材で「聴かせる」音楽を作り出す力量は誰もが認めるところであり、作曲家としてのオリジナリティが感じられると評されました。

 

前半の2曲はどちらかというと理知的なアプローチが成功した作品でしたが、対して後半の2曲は作曲者の「感性」が魅力となった作品だったといえるでしょう。池田萠氏《硝子妄想(と、その解決)》(中棹三味線、歌唱を含む)は、4作品の中で唯一、伝統の「内側からの破壊」に挑戦した作品でしたが、それが成功しているかどうかについては審査員の間で評価が分かれました。他方、地唄のような従来の歌ものは基本的に「物語」を唄う形を取りますが、「ガラス妄想」という異文化(ヨーロッパ)の「状況イメージ」を日本の伝統音楽のフォーマットに載せたという点は、この作曲家のオリジナルな感性が発露した結果だと見て取れます。

 

最後の作品、原島拓也氏《極彩ドロップ No.2》(中棹三味線、十七絃箏、フルート)は、特殊奏法を駆使した音色観による独自の世界の構築が目指されていました。様々な工夫がなされていましたが、聴き手の耳が途中から慣れてしまうあたりは、音色の使い方が現代音楽のクリシェから抜けきれていなかったためかも知れません。しかし、奏法や和声の変化を効果的に配し、構成的に優れた作品でした。

 

以上、ポジティブとネガティブの両面から、各審査員の意見をまとめました。4作品のすべてに「惜しい」ところがあるとはいえ、最終的にユニークかつ高レベルの作品が集まったことは衆目の一致するところかと思います。審査の過程では「邦楽器に対してどうアプローチするか」が重要なポイントとして常に意識されました。たとえば2〜30年前の日本の作曲界において、邦楽の伝統とどのように対峙するか、伝統の重みをどう受け止めるかは多くの作曲家にとって常に大きな問題となっていましたが、近年の若い世代はやはり伝統を意識しながらも「肩肘を張らない」邦楽器への接し方をしている、というのは最近の傾向として見られ、今回あらためてそれが確認できたと思います。おそらく武満徹や三木稔のような先達が歴史の文脈で語られつつあるのに伴い、彼らが充分そこから距離を持てる世代となっていることが一つの理由であるのかもしれません。

 

最後に、今回の候補4作品の演奏がどれもすばらしかったとの声が多く聞かれました。近年、現音作曲新人賞でもベテランや中堅に混じって若い演奏家に参加して戴くことが多いのですが、作曲家の多様化する語法に応えられ、なおかつ音楽的にも技術的にも優れた演奏を実現できる奏者が、洋楽のみならず邦楽でも明らかに増えてきました。現代邦楽の層が確実に厚くなってきたことを確認できたのも、本本選会の収穫だったと感じた方は多かったのではないでしょうか。優れた奏者と若い世代の作曲家による相互作用が近い将来、日本の音楽文化のユニークなフェーズを創り上げていく、そんな予感さえさせる今回の新人賞選考会でした。