フォーラム・コンサート第1夜 (11月27日) 出品作曲家プログラム・ノート
フォーラム・コンサート出品作のプログラム・ノートを先行公開します。
作曲者によっては追加メッセージもあります。
「作品について」をお読みになると、聴く前から曲のイメージが膨らむのでは?
11月27日には、これらのメッセージが実際にどのように音像化されているかを確かめに、
是非とも東京オペラシティリサイタルホールまで足をお運びください‼
① 近藤浩平
ピアノソナタ第3番「アメリカの爆弾」作品236
(作曲2025年 初演)
第1楽章 可部から中島本町に行くんよね
第2楽章 誰の爆弾じゃろ
第3楽章 次はどこ行くんね
◎作品について
原爆関連の音楽は、被爆の描写で怖い音にしてしまいがちですが、この作品は、日常の広島弁の会話が進んでいく中で、原爆によって失われた人達の声、あったはずの人生が示唆されます。全楽章、広島弁の弾き語りになっています。
ヤナーチェクがモラヴィアのしゃべるリズム、抑揚で音楽をつくったように、この曲ではピアノだけが演奏する部分も含めて広島弁で音楽ができています。
広島弁を懐かしく聴きつつも、原爆によって失われたかけがえのないもの、おらんようになってしまった人達の生前の語りかける声が思い出されるような音楽になっています。
原爆で「おらんようになった人」が生きて暮して誰かに待たれていた人、誰かを待っていた人、一人一人の普通の街の人々であることを思いおこさせる音楽です。
◎プロフィール
ベルリン・ドイツ・オペラ<Klang der Welt Ostasien>作曲コンクール第2位(室内楽)。左手のためのピアノ作品は舘野泉氏、智内威雄氏をはじめ演奏機会が多い。震災の追悼作品「海辺の祈り」は世界各地で再演200回を越える。ギター、ピアノ、ヴィブラフォン、マリンバの協奏曲も発表。映画「にしきたショパン」でマドリード国際映画祭最優秀作曲賞。2026年東京国際ギターコンクール本選課題曲を作曲。http://koheikondo.com
② 中辻小百合
Node for Violin and Marimba
(作曲2025年 初演)
◎作品について
タイトルは「結び目、縁、絡まり、接点、交点」等の意味を持つ。2人の奏者が、強固な結びつきを持って支え合ったり、時には互いが様子をうかがい合ったり、バラバラになったり、対峙し合ったり、といった様々なイメージを膨らませながら曲を展開させていった。また、2つの楽器の組み合わせから生まれる音色対比を、時には際立たせ、時にはうまくつなぎ合わせることを意識しながら作曲を進めていった。
最後に、ご来場くださった会場の皆様、演奏してくださる佐藤まどか先生、若﨑そら様、運営の諸先生方、事務局の皆様に心より深く感謝申し上げます。
◎プロフィール
国立音楽大学作曲学科を経て、同大学院修士課程を首席で修了、併せて同大学院研究奨学金授与。同大学院博士後期課程創作研究領域修了。博士(音楽)。第78回日本音楽コンクール作曲部門第1位受賞、併せて岩谷賞(聴衆賞)および明治安田賞受賞。主な作品に、《消えていくオブジェ》(日本音楽コンクール第1位受賞作品)、《The Divided Self for Percussion and Orchestra》(国立音楽大学2010年度委嘱作品)、《The Smokers for Percussion Ensemble》(同2020年度委嘱作品)など。これまでに作曲をトーマス・マイヤー=F、福士則夫、北爪道夫の各氏に師事。現在、国立音楽大学講師。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会、各会員。
③ ロクリアン正岡
南無阿弥陀仏No.2「ああ、極楽浄土」
ーテノールとクラリネット、バイオリン、チェロ、ピアノによる
(作曲2008年 改題初演2025年)
◎作品について
「自分の生はこの世だけのもので、以前も以後も完全な無だ」とはばかげた認識だと私は思う。大谷翔平の優秀さはこの世の生一発で実現するものではなく、いくつもの生を重ね磨かれてきたものだろう。
しかし私は輪廻転生も避けたい。たとえ次の生がこの世の自分よりも増しであるとしても、浄土行きこそ願いたいものである。そういえばクラシック音楽の最上級のものに聴き入っていると、題名や表現内容はどうであれ浄土の雰囲気がひしひしと感じられる。
浄土宗の法然や浄土真宗の親鸞は「南無阿弥陀仏/なむあみだぶつ」を信じて日々唱え続けることで凡夫も極楽浄土に迎えられると主張し、さらに親鸞は南無阿弥陀仏の本願力を他力としていただけばよい、とした。
藝術や文化にはいろいろなメディアがあるが、媒体としての音楽はまさに字の通り空っぽの子宮のようなもの。まずは作曲時の脳のあり様だが、諸力犇めき合う想念をも相殺させ如来のような穏やかな表情が楽曲に与えられるにはその空性/他力に与るほかない。
“元来が優しさに満ちた音楽”というものは浄土からの贈り物でなければ!私はこの音楽が彫刻ではなく仏像であることを願った。仏こそ浄土の主なのだから。
しかるに音楽は楽曲だけでは成り立たない。この楽曲にふさわしい音響の外化とは?はたまた聴取とは?
そして「極楽浄土」に於ける存在感覚とは?
(この楽曲の具体的な拍節構造や音素材、さらに存在論的意義についてはロクリアン正岡のHPにあります。)
◎追加アピール文
自分の死後は?
意識するしないにかかわらず、これは万人にとって切実な問題ではなかろうか。
強い信仰心で日々「南無阿弥陀仏/なむあみだぶつ」と唱えれば極楽浄土に行ける、とは浄土真宗の教祖、親鸞の教えである。己にとって「他力」である阿弥陀仏の本願力に与れ、と。
一方、音楽のメディア面の本質は限りない優しさ、限りない平和性だと思う。あの激しく奇抜な音楽で知られる作曲家ストラヴィンスキーも「そもそも音楽の雰囲気は女性的なものである」と言っている。
私は「南無阿弥陀仏」という志向原理/テーゼを得て、徹底的に「他力」に与ろうとした。常に未来から注ぎ込まれてくる良い風/楽音は聴く者にとって「他力」そのものだろう。
そうやって実現するあらゆる対立のないありよう。主体と客体の間にも、過去と未来の間にも、身と環境の間にも融和以外の何物もなく、ただただ健やかで気持ちの良い状態こそ、メディアとしての音楽の本然ではないだろうか。
抽象的な話になってしまったが、幸いなことに“そのような状態”は生きとし生けるものすべての中にある。睡眠の快さ、母胎のなかの胎児の実感。
ただし、その奥には生死を超えた”大いなる領域“が厳然と存在しているに違いない。それこそ音楽メディアに担ってもらうべき第一義的なもの“浄土”ではなかろうか?(クラシック音楽の名曲には浄土を感じさせるところが少なくない。)
そのような想念の中、なぜか十一面観音が頭に浮かび「なむあみだぶつ」の七拍子との関係で7拍子と4拍子の二小節一組がこの楽曲の基本細胞として繰り返されることになった。
使われている音はただ一種類の全音階七音(残る五音は全く参加せず)だが、この凸凹した拍節の障壁を無事に搔い潜ることで、この音楽は力強く自己形成してゆくのであった。
ああ、極楽浄土 2025.11.03 ロクリアン正岡
④ 植野洋美
地球温暖化と私たちーピアノソロのための
(作曲2025年 初演)
◎作品について
地球温暖化により私達を取り巻く環境は年々深刻化している。現代の豊かな暮らしが、その代償として次世代の人々にどのような劣悪な環境を残すことになるのか。いや、既に今の私達でさえ耐え難い猛暑、台風、大雨、大雪などといった過酷な気候変動に見舞われており、今後さらなる大禍となる。今や後戻りできないギリギリのラインだ。この作品では情景描写や現象説明ではなく、現象に対する作曲者の印象や内面に潜む感情を表現した。私たち一人ひとりに何ができるのか良く考えたい。
◎プロフィール
作曲で神戸女学院大学卒業、大阪音楽大学大学院修了、東京藝術大学大学院修了。音楽学でエリザベト音楽大学大学院博士課程修了、Ph.D.。神戸女学院大学音楽学部最優秀者クラブファンタジー賞、吹田音楽コンクール作曲部門1位、大阪音楽大学コンクール奨励賞、エリザベト音楽大学学長表彰、他受賞。国際ピアノデュオコンクール作曲部門、現音新人賞、他入選。フェリス女学院大学、エリザベト音楽大学他で作曲指導、東京かつしか作曲コンクール会長・審査委員長を務めた後、現在Coily合同会社代表、植野音楽塾塾長として後進の音楽教育と普及に注力。腱鞘炎予防のピアノ打鍵研究を行い、IEEE(米国電気学会)やISPS(国際演奏科学シンポジウム)、日本音響学会など国内外の学会にて研究発表。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会、日本音響学会、IEEE他会員。若手5人と作曲家グループbébébaleineM結成、2026年10月22日(木)カメリアホールにて演奏会予定。
⑤ 浅野藤也
弦楽四重奏のための音楽
(作曲2025年 初演)
◎作品について
4つの楽器のそれぞれの旋律が多様性を保ちながら対立することなく、お互いに寄り添って溶け合うようなイメージの音楽を目指した。
◎プロフィール
作曲を故浦田健次郎、ピアノを故庄子みどりの各氏に師事。2006年第17回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門入選、2008年第12回日本の音楽展•作曲賞入選、2009年第14回東京国際室内楽作曲コンクール第3位。2012年東アジアの現代音楽祭inヒロシマ、2014年東アジア音楽祭inヒロシマに参加。2020年2月OM-2公演舞台音楽を担当。
⑥ 田中範康
森の静寂の中で
(作曲2025年 初演)
◎作品について
私ごとだが、約20年前から毎月のように山梨県の清里高原を訪れている。
1980年代、駅前を中心に観光地化した街並みが、今ではその面影もなく、小海線の踏切を渡ると、そこには豊かな森が広がっている。
清里の静かな森の中を歩いていると、標高1350mの高地であるせいなのだろうか喧騒とは程遠いい静寂の中に木々の様々なささやきが聞こえてくる。
本作品ではそんな森の中の空気感を、なるだけ素直に音にした作品である。
ヴァイオリソロで開始する楽想と、途中で変化する少し早めのテンポの楽想が核となり全曲を構成している。
◎プロフィール
東京生まれ。国立音楽大学附属高校を経て、国立音楽大学作曲学科、並びに同大学器楽学科(オルガン専攻)卒業。昨品は、日本はもとよりドイツ、北欧、フランス、アメリカ、韓国、メキシコ、でのコンサート、音楽祭で広く紹介されている。 現在までに5枚の室内楽アルバムが、Vienna Modern Masters(VMM-2011 2036)や ALM RECORDS(ALCD-87, 103,136)でCDリリースされている。さらに、マザーアースより、室内楽作品の楽譜が出版されている。名古屋芸術大学並びに大学院で教授として長年の間後進の指導にあたった他、副学⻑、理事も務め、2024年3月に退職をした。 現在、愛知県文化振興事業団理事、日本現代音楽協会会員。
⑦ 松岡みち子
見知らぬ国のうた
(作曲2025年 改作初演)
1.遠い遠い昔の時への望郷のうた
2.村祭り
3,子守唄
◎作品について
遠い遠いどこかの国には、口伝えで、昔から歌い継がれてきたうたがある。
その村の人なら、みんな誰でも知っているうた。それは、その土地にしかない独特なリズム、微妙な息遣い、歌い回しの音程の少し外れたような不思議な表情を持っている。
ずっと長い時の流れの中で受け継がれ、大事にしてきた村の宝物。
ふるさとの土の匂い、風の優しさ、水の輝き、あの丘に登って海から生まれる太陽を望む時の神聖な思い、お母さんの胸に抱かれた心地よさ、祭りの日にみんなで着飾って張り切って歌ううた・・・
そんな風変わりで、温かくて、懐かしい音楽を作ってみたいと思いました。
こんな曲に大胆にチャレンジをしてくださる小川明子さんに、心から感謝です。
◎プロフィール
東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。デュッセルドルフ音楽大学留学。徳島県芸術祭最優秀賞受賞、東京国際室内楽作曲コンクール入賞、奏楽堂歌曲作曲コンクール入選。作品は日本の他、ヨーロッパ各地の音楽祭で演奏されている。「松岡貴史&みち子作品展」を東京、徳島、ハンブルグで9回開催。徳島文理大学講師、香川大学特命准教授、鳴門教育大学講師。徳島県立名西高校講師を歴任。日本作曲家協議会、日本現代音楽協会会員。
公式HP 作曲家 松岡貴史・松岡みち子の部屋 https://www.takashimichiko.com
⑧ 河野敦朗
September
(作曲2025年 初演)
◎作品について
あらゆることを遮ることでそれ自体が成立するような、いくつかのモチーフを設定し、それらが、あらゆる物質や事態を含みながらそれ自体の質において発展し、生成と消滅を繰り返し、明滅しながら、様々な事態を形作っていく事を目指している。作品の初演に協力いただいたピアノの石山聡氏に、心から感謝いたします。
◎プロフィール
東京生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。在学中より学外に作品を発表し、卒業と同時に発表した作品が朝日新聞・音楽誌等で好評を得てデビューとなる。その後日本現代音楽協会などで作品を発表する。ISCM国内選考作品「5人の奏者による小空間のための試み」、合唱曲「BLUE」(音楽之友社 出版)。大分県立芸術文化短大名誉教授。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会所属。高槻音楽家協会会長。高槻市在住。
⑨ 横山真男
黄金比調弦によるヴィオラ・チェロ・コントラバスのための三重奏曲
(作曲2025年 初演)
◎作品について
新しいハーモニーを提案するという研究的・実験的な意図で、黄金比で計算されたピッチで調弦された弦楽曲。通常の西洋音楽における音律(ドレミ)は、基となるなるピッチに3を掛けて生成されている。そのため整数比の倍音列なので心地よく響く。一方、この作品においては、その整数比3ではなく黄金比(約1.618)で順次音階を計算して導出しているので、どの音程も不協和音程となる。この音列生成システムの詳細は作者のHPや論文などで説明しているが、つまるところ各弦楽器奏者は開放弦をスマホアプリなどで指定の黄金比ピッチで調弦し、構成している音はすべて開放弦と自然ハーモニクスのみである(黄金比の音程は指で押さえて取ることはできないので)。
なお、黄金比というとその導出アルゴリズムとしてフィボナッチ数列が知られている。曲の長さや音価、テンポはこの数列の数値を用いており、さらに、コンピュータプログラムを用いて自動生成している楽章もある。ただし、自動的に出力された音を並べるだけでは面白くないのでアーティキュレーションや強弱は人間の手によって味付けをしている。
以上の説明だと、なんとも小難しい話ばかりではあるが、慣れてくると意外と聞くに堪えられない不協和な音楽ではないかもしれない。
曲は性格の異なる全8つからなるバガテル風。共通のA音で始まり、徐々に速く激しくなって頂点に達したところが黄金比による大きな分割点である。最後は水琴窟の中のような幻想的な終曲。
