現音作曲新人賞の講評

現音作曲新人賞本選会を聴いて 

                     審査員長 金子仁美 

 

 第32回現音作曲新人賞本選会は、2015年11月3日に渋谷区文化総合センター大和田6F伝承ホールで開催されました。厳正なる審査の結果、新人賞に川合清裕さん、富樫賞受賞に見澤ゆかりさん、入選に引地誠さん、増田健太さんが選ばれました。おめでとうございます。

 

 今回の課題は、弦楽四重奏と設定されました。何世紀を超えて、多くの作曲家たちがアプローチしてきたこの厳格な編成に、21世紀に生きる新しい世代がどのように挑むか、大きな関心と期待が寄せられました。

 応募は37作品。本年の審査員は山本裕之、鈴木純明両氏と金子仁美の3名で、全応募作品の事前の予見を経て、9月某日、現音事務局からの立会人同席のもと、譜面審査を行いました。譜面審査は、予見を含め、全て名前を伏せて実施されました。審査会では、第一段階としてまず全37作品のそれぞれについて、議論をしました。次に、第二段階として作品の完成度と技術的な質を、第三段階として本選で演奏が可能であるかという点を中心に審査しました。これらすべての段階を通して、作品の個性、表現力について精査することで、一回切りの点数による審査ではなく、何度も議論を重ね、多角的に譜面を見ることに重点を置き、そして最終の段階で投票を行いました。その結果本選に選ばれたのが4作品でした。演奏順に一言ずつコメントを書かせていただきます。

 

引地誠さんの『超流動 -superfluidity-』は、超流動という液体の「不思議な現象」を「弦楽四重奏という厳格な室内楽の編成を通して音楽で具現化することに意義を感じ」(プログラムノートより)、液体の動きの現象を音と音の関係や、音の動きで表現した作品で、細部にまで神経を行き届かせたエクリチュールが曲全体の構築を確かなものにしていました。曲冒頭は聴衆を作品に引き込む力がありましたので、曲全体を通して超流動がより一層多様な形態で表出されると、作品のコンセプトがより明確になったかもしれません。

 

見澤ゆかりさんの『ジャングル – ソナタ~ワルトシュタインへのオマージュ~』は、弦楽器からのさまざまなノイズの探求が印象的な作品ですが、ただノイズを使用したのでなく、人間にとってノイズとはいかなるものなのか、その意味や在り方にも思考を巡らせ、「ソナタ」という伝統的な形式にノイズを落とし入れた点でもユニークな試みでした。「ワルトシュタインへのオマージュのソナタ」ですから見澤さんの計画通りなのだろうとは思いますが、ノイズによる提示部の反復は聴き手にはいささか長かったとも考えられます。

 

川合清裕さんの『アンフォルムII~弦楽四重奏のために~』は、タイトルでもある「アンフォルム」を「〈形態的同一性を成立させない、しかし不定形(アンフォルム)の観念のもと類似している〉という文言に集約できるのではないか、と考えて」構成された作品とプログラムノートにありますが、形式面や音の扱いなどで古典的な色合いが強い中で、音の重ね合わせ方や形状が決して奇抜でない中から独創性を生んでおり、「未聴感」とも言える固有の響きを作り出しているのに耳を奪われました。古典的スタイルを生かすのが川合さんの狙いと解釈した上で、今後は未聴的部分が増すことを大いに期待します。

 

増田建太さんの『史実の花』は、楽器法を駆使した作品で、弦楽四重奏という編成の枠を広げようとする意気込みが譜面からも音からも伝わりました。プログラムノートに「この作品は表面的な性格の開拓ではなく、古来の営みから出る、まるで気付かれない地中の泥のようなある種の気配の表現なのです」と描かれているように、これらの実験的楽器法から奏でられる音は、気付かれずに眠る何かを表現しようとする静かな貪欲さによるものでした。次の展開を期待していたところで作品が閉じられた感があり、もう少し続きを聴きたい欲求が残りました。

 

 本選後の挨拶でもお伝えさせていただきましたが、4作品それぞれが全く違うアプローチで「弦楽四重奏」に挑んでおり、それぞれ完成度も高く、どの作品も魅力がありました。白熱した審査会となったことをご報告します。

 

 なお、演奏は、引地、川合作品を、クァルテット・レオーネの佐原敦子さん(第1ヴァイオリン)、小杉結さん(第2ヴァイオリン)阿部哲さん(ヴィオラ)、豊田庄吾さん(チェロ)が、見澤、増田作品を、甲斐史子さん(第1ヴァイオリン)、松岡麻衣子さん(第2ヴァイオリン)、般若佳子さん(ヴィオラ)、宮坂拡志さん(チェロ) のクァルテットがお引き受け下さいました。演奏の皆様の新曲に向かう真摯な態度のおかげで、作品それぞれの特徴が十分に引き出されました。本選会が、素晴らしい演奏会となったのも演奏の皆様の熱心な取り組みがあってのことです。この場をお借りし、関係者を代表して、お礼申し上げます。

 

 21世紀、弦楽四重奏という歴史ある編成で、日本から新しい表現の発信が出来たことを大変嬉しく思います。