卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第9回「卑弥呼のヴァイオリン奏法ラボ」

 

こんにちは! ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。ロンドンは聞くところによると7年に一度くらいくると言われている暖かい年だったようで、日本で買い込んだヒートテックは今季の役目を終えました。

さて、10月から始まった「現代音楽ワークショップ」という授業で、まもなくプロジェクトの発表を迎えようとしています。今はプレゼンテーションとレポートの準備中です。

そのプレゼンの中でわたしは曲中に使われるヴァイオリンの奏法について紹介するのですが、発表原稿を書きながら「これはよく作曲科の友達に訊かれたなぁ」と思うことがいくつかありました。一方で、奏者は「あたりまえ」と思っているがゆえに、ニュートラルに説明できているかな? と鑑みることが何度もありました。

そこで今回は、よく質問を受ける奏法について、奏者の視点も交えながら独断と偏見で書いてみたいと思います。

 

フラジオレット

フラジオレットは人気の奏法ですよね。その独特の透き通った響きや、近未来的な音色は非常に魅力的です。一方で、作曲家と奏者の間でもっとも認識のズレが発生するのもフラジオレットではないかと思います。

まずもっとも「おや…?」となるのが、弦長の割合と音高の関係。「これは1/2のフラジオレットで…」と言われて、咄嗟に反応できない奏者は少なくありません(それともこれはゆとり世代だからかな…)。かくいうわたしも対応できるのは今でこそ。奏者は最初にフラジオレットを学ぶときに、1/2のフラジオレットなら「第三ポジションで4の指を長二度上に伸ばす」という覚え方をするケースが多いです。

奏者にとってはポジションで覚えることは非常に合理的ながら、方法論しか知らないと「なぜフラジオレットが鳴るのか」その理由は知らずに鳴らしているという現象が発生します。それはのちに自分の向学心で補填すべきとは思いますが、現状、音楽大学のカリキュラムの中でその仕組みに出会えないまま卒業することは珍しくありません。

つまり、確実に鳴らしてもらうには記譜音で書くのがいちばん近道。または楽曲内は実音で書いて、ノーテーションに一覧をつけると確実に意図が伝わるだろうと思います。

それから、特に人工ハーモニクスにおいて、「どこまで出るのか」という質問をいただくことも多いです。試しました。

出なかったところは出なかったなりにありのままを載せました。

どこまでを楽音として扱えるか、その判断はそれぞれのお考えに委ねたいところですが、今回試してみて自分でもその正確な限度を知らなかったので、G線が思いの外高いところまで出て驚きました。

高いポジションになるほど音はかすかになり、鳴りにくく、場合によっては音を当てられないというリスクも伴います。また細い弦になるほど限界値は早く訪れるでしょう。フラジオレットにおいては、弦がより太くて長いコントラバスやチェロのほうが圧倒的に多彩です。

 

グリッサンド

グリッサンドはひとつの弦で作ったほうが圧倒的にきれいなのですが、ときに音域がそれを阻みます。グリッサンドの間で弦をまたぐときには、ちょっとしたごまかしのような小技が必要です。わたしはいつも、この“ごまかし”を伴ったグリッサンドでご満足いただけるか、ご希望に沿っているか不安になって、作曲家の方に何度も聞こえ方を確認してしまいます。

隣の弦の開放弦の音に達したら移動していけば理論上はひとつづきのグリッサンドができるはずですが、これをなめらかにするのがなかなか難しいです。

また、始点と終点の音がはっきり聞こえたほうがよいのか、それよりも音が動いていく効果のほうを目立たせるべきか、という質問は、奏者から出がちかもしれません。

 

Staccato について

通常のスタッカートについては思い切って割愛しますが、ひとつの弓のストロークで複数のスタッカートを奏でる奏法を見てみます。

この手のスタッカートには「リコシェ」と「サルタート」の2種類があります。前者は一音一音の間で弓が弦から浮いている、後者は弓は常に弦に設置されているという大きな違いがあります。どちらも一応、上げ弓下げ弓どちらでもアリですが得手不得手はありまして、下げ弓はリコシェ、上げ弓はサルタートのほうが得意です。

リコシェ下げ弓・上げ弓、サルタート上げ弓・下げ弓の順に撮りました。サルタート下げ弓のやりづらそうな感じ、ありありと伝わることでしょう(笑)。わたしがハイフェッツなら上げ弓と変わらぬクオリティでできるんですけれどね…練習しておきます。

リコシェは弓と弦の接触時間が少ないために、音量は出づらいものです。サルタートは、しばしば「ワンボウスタッカート」という異名で技巧曲に登場します。ワンボウスタッカートは苦手とする人が多いテクニックですが、なんでも神経の関係で、生まれながらにできる人、後天的努力でできるようになる人、そしてどうやっても難しい人がいるそうです。

リコシェは高速で繰り出すことが可能で、サルタートは速度に限度があることも付け加えておきます。

 

今回できた曲について

最後に、今回わたしのグループが授業内のプロジェクトで作った曲についてちょっとだけ。

英国王立音楽院は全体的に留学生が多く、そもそも英国籍の学生でもルーツはイギリス以外に持つ人が多いので、作曲科の学生も実にインターナショナルです。

各グループが取り組んでいる様子から見ていると、藝大時代に触れた同世代の作曲家たちの作品と感触は似ているかなぁと思います。もしかしたら藝大生のほうが使用する奏法についてはチャレンジ精神旺盛だったかもしれません。

今回一緒に授業を受けていた学生たちは、そのアイデアの由来や曲の形式にとてもこだわりが感じられました。勤勉で真面目、かつコレクター気質で物事を系統立てて考えるのが好き、という国民性を持つイギリスに集う人たちなだけあるなぁ、と思いましたが、まぁそういうところに惹かれてやって来たのはわたしも同じでした。

自分は普通、と思う人ほど、まわりからは変人と思われていることが多いように、自分はわりと柔軟な考えを持っている、なんておもう自分ほど、人からはカタブツって思われているんだろうなぁ…としみじみ考えてしまいました。

 

 

maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。現在英国王立音楽院修士課程1年在学中、ジャック・リーベック氏のもとで研鑽を積んでいる。