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ご挨拶 ISCM(国際現代音楽協会)は1923年に第1回の音楽祭を開いて居ります。その後、第二次世界大戦中の例外的措置を除けば、毎年、世界の各支部を巡回して、音楽祭を開いて来ました。私達の協会は1930年に、新興作曲家連盟という名の下に創立され、1935年にISCM日本支部となりました。音楽祭への最初の入選者は本懐の名誉会員である外山道子氏でした。続いて横浜出身の故小舟次郎氏が入選しています。しかし世界大戦が勃発し、作品発表は殆ど中断せざるを得ない状態に陥ります。大戦後、本会は日本現代音楽協会という名称をもって活動を再開し、1949年にISCMへの再加盟が認められ現在に至っています。戦後最初の入選者は神奈川在住の故箕作秋吉氏でした。戦後暫くは、故黛俊郎、松平頼則、諸井誠の3氏が交替で入選しています。この3人の作曲家と70年代に支部長として積極的にISCMの活動に関わった故入野義朗氏及び>ISCM名誉会員の武満徹氏の作品が今回、特別に演奏されます。現在までにこの音楽祭で演奏された日本の作曲家達の作品は多数に上ります。 最後に横浜が、かつて日本が鎖国を解いた時、最初に諸外国に門戸を開いた最初の港の一つであったことを述べ、日本近代化のシンボルとしての「横浜」大会のもう一つの意義を指摘したいと思います。
21世紀開幕の年にあたる2001年に、ISCM世界音楽祭の日本初開催を迎えることが出来ますことと、そこに、50に及び国や地域から来日される役員、作曲家、演奏家、一般参加者や、ワークショップ参加者や聴衆として参集される横浜市民を主体とする多くの方々をお迎えできますことに、大いなる喜びを感じております。 人類は、かつて経験したことが無い急速な発展と同時に大規模な混乱を余儀なくされた20世紀を経て、いよいよ21世紀を迎えました。最早必ずしも広いとは言い切れなくなった地球上で、人類が民族、国家、宗教、言語等の様々な多様性の共存を互いに認め合いながら生きていくことになる新世紀にあって、音楽文化を創造する立場にある作曲家が、何をすべきか、何を成しえるか、更に真剣に考える時期にあるのではないでしょうか。 この<ISCM世界音楽の日々2001横浜大会>は、単独のISCM音楽祭としてのみならず、日本現代音楽協会の通年の演奏会シリーズの内容と特別プログラム“こどもみらい2001”を加えた複合音楽祭として、<日本現代音楽協会新世紀音楽祭>のタイトルの許に開催されます。特に、“こどもみらい2001”の部分では、将来の音楽家や聴衆の担い手となるこどもたちが主役となります。また、同じ横浜で開催されている<横浜トリエンナーレ2001>や<横濱ジャズプロムナード2001>との連携によるイベントも実施いたします。 この音楽祭が、世界の最先端の作品を発信すると同時に参加者の交流の場となることは勿論のことですが、更には日本の作曲家や演奏家の高い水準を世界にアピ−ルする絶好の機会にもなるでしょう。そして、周辺イベントも含む開催全容の在り方が、21世紀に於ける先端芸術と教育や社会の関わりの可能性をも示唆するものとなることを、私は確信しております。
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