卑弥呼とホームズのヴァイオリン事件簿〜第14回「卑弥呼のなつやすみ2017」

ヴァイオリン弾きの卑弥呼こと原田真帆です。夏休みは日本に帰省しておりました。結局「The! ニッポンの夏!」という気候はあまり感じることができずに滞在が終わってしまったことは残念ですが、畳の上に広々と自分の布団を敷いて大の字で寝る日々は、わたしを大いに癒してくれました。

そんなわけで、今回は前回予告した通り、わたしの夏休み2017について綴りたいと思います。この夏は2つの講習会を通して、フランスとイタリアを訪れました。

 

 

 

 

旅のスタートはロンドン。講習会に行ってその足で日本に帰るプランです。寮を朝3時に退居し、バスと電車を乗り継いでロンドン第二の空港・ガトウィックに向かいます。そのとき母に「寮を出たよ」と連絡したら「ロンドンってこんな時間にもバスが動いているの…」と驚かれました。観光名所タワーブリッジがまだ夜用のライトアップで煌々と輝いているのを尻目に空港へ向かう電車に乗りましたが、空港に着く頃、空は白み始めてきました。

同じ講習会に行く友人と合流して、チェックインを済ませてほっと一息、朝ごはんをとりました。ガトウィック空港には早朝便も多く、どこの飲食店にも人が溢れかえっていたのが印象的です。わたしは顔よりも大きなパンケーキにお腹を膨らませて、寝ずに迎えた朝ながら気持ちが満たされました。お店を出てふと掲示板を見上げたところ「あれ? あと2分後にゲートが閉まる…」。そこから火がついたように走り、遅れながらもなんとか搭乗口から出る飛行機までのバスに乗車。搭乗口からさらにバスに乗る場合は特に時間にゆとりを持って待機していないといけませんね…旅のプロへの道は遠い……。

フランス南部のモンペリエ空港に到着し、そこから車で先生の別荘がある島まで向かいます、が、ほかの講習生と空港で待ち合わせる時間まで余裕があったので、わたしたちはモンペリエ市内を観光しました。バスとトラムで市街地へ。とにかくカラッと暑く、スーツケースも持っていたので歩きづらくはありましたが、行ってみた「ファーブル美術館」が思いがけず美しくまた広くて収蔵作品が多かったため、時間が足りない、また来たい、と思うほど満足感の高い観光でした。

先生のお宅のある島は地中海を臨んでいて、晴れた日にはスペインが見えると言います。島と言えどTGV(新幹線)と道路で本土に繋がっているためアクセスも良く、昔から港町として栄えたその町は南仏の観光地のひとつとして数え上げられているようです。とにかく鮮やかに映る海と空、白い壁の建物。目が痛いほどまっすぐ降り注ぐ太陽に、これが“地中海の夏”なのかと思い知らされます。旅立つときはロンドンだってなかなか熱かったのですが、圧倒的に、鮮烈に強烈に、夏を体に刻まれている気がしました。

講習生は5人とこじんまりしたもので、先生のお宅で朝から晩まで家族のように過ごすので、あの1週間で英語も鍛えらました。食事のときにも先生による音楽の話、世界情勢の話、歴史の話など様々な“講義”があります。先生はセルビアの出身とあって、現地の人から見たバルカン半島の話は本当に興味深く、また講習生の中にベジタリアンがいて、彼女たちは生き物を殺すことについて深く考えていることを知ったり(蚊すら叩かない!)、でもその目の前で先生が蚊にスプレーを向けたり…。そう、蚊との闘いは仁義なきものでした。わたしは20か所以上刺されたので、数の多さでは優勝です。

思いがけなかったのは、わたしのスーツケースが注目を浴びたこと。そもそもが20kgまで無料の便で25.6kgを記録して、空港で泣く泣く超過料金を支払いました。しかしスーツケースのサイズはさほど大きくないので、階段で運んでくれた男の子にも「一体どうなっているんだ」と言われていました。その秘密は衣類の圧縮袋なのですが、それを見たフランス人の女の子が感激のあまり、わたしの圧縮袋を先生に見せに持っていってしまいます。先生は「これがジャパニーズクオリティだな…」と感心していて、思いがけない称賛に不思議な気持ちでした。

また、先生宅には卓球台があるのに今年だけリフォームの都合で使えないとあって、生徒からは卓球をどうしてもやりたいというリクエストが上がる中、先生がポツリと「今年はジャパニーズガールがふたりいるからなぁ…強そうだなぁ…」とつぶやいたのにも驚かされました。わたしたちが慌てて否定すると、先のフレンチガールが「そんなこと言っておいて、実際はものすごい速さで打ってきたりしてね」と切り返します。結局みなさんとのマッチは実現しなかったのですが、うーんどうなんでしょう、ジャパニーズは卓球、強いのでしょうか?

 

 

先の旅の反省を踏まえて、夏休み後半のイタリア旅に向けての荷造りは慎重に行われました。イタリアは、長靴の上のほうにあるベネツィア空港から電車で1時間ほどの街での滞在です。取った飛行機がまず東京からフランクフルト、そしてパリに向けて乗り換えて、さらにパリからヴェネツィアというものだった上に、パリでは一度荷物受け取りなどの事情が相まって、なんと行きは30時間に及ぶ旅程。的確にポイントを押さえていけば問題なくたどり着くとは思いつつ、完全なる一人旅だったのもあって少々緊張の旅路でした。

しかもフランクフルトの空港で長い長い入国審査に出会って…整列していたはずのところを後ろの人に割り込まれていって、なかなか腹が立ちました。イギリスも日本と一緒で、もし抜かされてもちょっと視線を向ければ「あ、ごめんなさい、並んでましたよね」と言ってもらえるので、割り込んできた人にわざと目をそらされて頭が沸騰しかけましたが、それを言葉で指摘する勇気が持てず…結局なし崩し的に受け入れたものの「声を上げないと押しのけられるのか、でもそれで揉めたら嫌だし、どちらが平和的って日本イギリス方式だよね?!」と頭の中で悶々。世界平和ってなるほど難しいのかもな…と考えてしまいました。

加えてターミナル移動ではトラムのシステムダウンによりまったく正反対のターミナルにたどり着いたり、代替手段のバスがなかなか来なかったり。国際線トランジットは俗に最低でも2時間必要などと言いますが、昨今の情勢を考えると3時間は見たほうがよいのかもしれません。結局ターミナル間をタクシーで移動するという若干間抜けなことをしてフライトに間に合わせましたが、非常に焦りました。主要国際空港のターミナル移動の仕組みも知っているとスムーズだなぁ、旅のプロへの道は遠い…(この夏2度目の思い)。

イタリアではホームステイをしましたが、そのお宅は最上階の玄関が独立していて、そこで普段から学生に部屋を貸しているようです。実は3年前にも訪れて、泊めてもらったお宅。ホストファーザーのいかにもイタリア人らしい気の良い“おとうさん”と再会です。期間中はひとつのキッチンを4・5人でシェアして暮らしました。同室のイタリア女子は家がチーズ工場だと言うし、イタリアンボーイはやはりお料理が上手で手際よく肉料理を作っていたり、お国柄を感じずにはいられません。

決して行きやすいとは言えない街を、ひとりで二度も訪れるのは、どうしても会いたい人がいたから。大学2年生の夏にあるヴァイオリニストの演奏を聴いてからというもの、その音色が忘れられずに名前をGoogle検索した結果見つけたのがこの街で行われる講習会でした。街には斜塔があったりして、ちょっとした観光地ではあるものの、その気になれば1日2日で名所をすべて回れてしまうような規模の静かで穏やかなところ。前回来たときには東京でいっぱいいっぱいに思い詰めていた気持ちがほぐれていくのを感じたのですが、今回はまた感じ方が違って我ながら驚きました。

というのは、前回のようなリラックスした気持ちはむしろ得られなかったのですよね。それは自分自身が「この旅では何を収穫していけるんだろう、何か成果を感じられなければ」と焦る思いがあったせいかもしれませんが、一番に思ってしまったのは「ロンドンのほうが快適」でした。自分が思う以上に、ロンドンという街が体になじんでいたようです。

しかし、最大の目的は先生に習うこと。それを果たせた意味で、今回も「本当に来てよかった」と思える旅になりました。特に今回は、先生に会う回数も重ねてきて「まほが来る」とはっきり認識してもらえた上で迎えた講習会だったので、前回習ったときよりも深く、先生の音楽に触れられた気がしました。ただ恥ずかしい話、日頃携帯電話の待ち受けをその先生のお写真にしているせいで、ひさしぶりにお会いしたときに「二次元じゃない! 三次元だ! 先生が目の前にいる!」という謎の感激を味わいました。お別れしたあとでいつも「先生に毎日会っていたのが夢だったみたいだ、先生本当にこの世にいるのかな…」という気分になっていたので、今回は一緒に写真を撮ってもらいました。

 

そしてもちろん、フランス旅でもお別れが名残惜しくて、最後にみんなで写真を撮りました。その先生はこれまでわたしの通う英国王立音楽院の教授を務めていらしたのですが、この秋から中国にできた新しい音楽大学に赴任する決心をされたところ。去年のように学校で会うことがないと思うと目がうるうるしてしまうほどさびしくて、けれども先生は「メールでもスカイプでも困ったらなんでも質問してくれ」と太っ腹。写真を見返すことで、先生に教わったこと、あの地中海の暑くも爽やかな夏が思い出されて、がんばろうという気持ちになります。

という原稿を、夏休みを終えてロンドンに戻る飛行機で書き上げました。いよいよ始まる留学2年目。新入生でもなければ、子どもの頃にようにクラス替えがあるわけでもないのに、なんだか緊張した気分なのはなぜでしょう。ロンドンの先生に会って、話したいことがたくさんあります! でもわたしの英語力はそれをすべてうまく伝えられるかはわかりません。この年始から高校時代の問題集を使ってひとり地道に英文法の復習に取り組んでいました。2年目が始まろうとしている今、もっと英語に自由になって、もっといろいろな場所で弾きたい! という気持ちで溢れています。

ちなみに…ロンドンへ向かうときはついスーツケースが重くなりがちで、いつも23kgの制限ギリギリなのですが、今回は思慮深い荷造りを行い、なんと21.9kgでカウンターを通過。少しだけ、旅のプロに近づけたかしら…修行は続きます。次回はまたちょっと違う“音楽家の旅のお話”をしたいと思っています。どうぞお楽しみに!

 

 

 

maho_harada文・絵:原田真帆
栃木県出身。3歳からヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部器楽科卒業、同声会賞を受賞。第12回大阪国際音楽コンクール弦楽器部門Age-H第1位。第10回現代音楽演奏コンクール“競楽X”審査委員特別奨励賞。現代音楽にも意欲的に取り組み、様々な新曲初演を務める。オーケストラ・トリプティークのメンバー。これまでに萩原かおり、佐々木美子、山﨑貴子、小川有紀子、澤和樹、ジェラール・プーレ、小林美恵の各氏に師事。現在英国王立音楽院修士課程2年在学中、ジャック・リーベック氏のもとで研鑽を積んでいる。